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ぬま塾 vol.19

ぬま塾 vol.19

みなさん、こんにちは。地域支援員の矢野です。
2017年7月27日(木)に第19回ぬま塾を開催しました。

いろいろなところで、道路や住宅など、復興工事が進んでいる気仙沼。
そんな工事現場でよく見かける「菅原工業」という文字。
今回のゲストは、株式会社菅原工業代表取締役専務 菅原渉さんです。

みなさん、「建設業」というとどんなイメージを思い浮かべますか?
私は、渉さんにお会いしてから、工事現場を通りかかると、重機や働いている従業員さんに目が行くようになりました。
「かっこいいな。」
私たちの生活を支えてくださっている建設業のみなさんに、感謝の気持ちが湧いてきます。

ぬま塾 vol.19

この日の参加者は27名。そのうち、「今回初めてぬま塾に参加した!」という方は、全体の半分以上を占める16名も。「今年から土木業の仕事を始めた」という若者が、ラジオの告知を聞いて参加してくれました。

講話

ぬま塾 vol.19

今回は、いつもと違って、司会者とのトークセッションから始まりました。
実は、今回初めて、ゲスト講師の方との事前打ち合わせ無しの、ぶっつけ本番インタビューに挑戦してみました。
ここでは講話のポイントをいくつかご紹介します。詳しい講話内容は、後日公開予定の講話アーカイブをご覧くださいね。

  • 1975年生まれ。高校卒業と同時に気仙沼を離れ、「北の国から」を見て憧れていた北海道の大学へ進学。大学卒業後、北海道の道路会社にて6年間勤務。28歳の時に気仙沼へ戻る。
  • 何もないところにまっすぐな道路が出来た時の達成感はやめられない。トンネル工事もおもしろい。入り口と出口に名盤があり、会社名と主任技術者の名前が刻まれている。それは誇りであり、やりがいでもある。
  • 北海道の道路会社で働いていたころ、1番大切にしていたのは、「現場をどうやったら赤字にしないか」ということ。自分が持った現場が赤字になるほどつらいことは無い。会社のお金であり、自分の給料も払えないようでは、働いている意味が無い。1番の失敗は、2年目の後半、3,000万規模の高校の外構工事で500万の赤字を出したこと。自分の工事の順番など、やり方を間違えてしまい、やればやるほど空回りして、一週間徹夜しても間に合わなかった。この経験が、次の現場で活かされた。
  • 気仙沼に帰ってきて、家業を手伝うことにした。帰ってきた当初、気仙沼が大嫌いだった。会社では、「お前のやり方と今の会社のやり方は違う」と言われ、よそもの扱いをされた。1年目は、年間通して会社が赤字だった。その赤字額が、自分の年収と同じであった為、「お前の給料分、赤字だ」と言われた。ストレスで、顔が半分動かなくなった。
  • もともと水道屋さんだった菅原工業が、舗装工事を始めたのは、自分の道路を作りたいという想いからだった。自分が舗装工事でしっかりと利益をださないと、自分の給料の昇給はできなかった。
  • 帰郷して3年目のときに辞表を出して、札幌の建設会社に内定をもらったことがあった。その時、今でも菅原工業の中心人物として働いてくれている同僚に、「なんとかなっぺ」と声をかけられて、菅原工業に戻ることを決めた。数年たって、徐々に舗装の仕事が入札で勝てるようになってきた。舗装工事や、民間工事をとり続けて、売り上げも少しずつ伸びてきたところで、震災が来た。
  • 震災で会社も全部流されて、ダンプ1台しか残らなかった。従業員の安否を確認し、自分たちにできることを探しに市役所を訪ねたところ、「死体運びをしてください」と言われ、その仕事を引き受けることにした。重機を借りて、ガレキをかき分け、道路づくりを始めた。
  • 経営未来塾に、2期生として入塾した。初日の懇親会の場で東京の方と話し、「国内だと技術の差を出すのは難しい。世界の70億人を相手に仕事をしてみなよ」と言われ、インドネシアに行こうと思った。インドネシアの課題として、アスファルトを輸入に頼っていること、道路と舗装の段差が大きく危険であること、環境に良いことをしたいという、3つがあった。そこで、日本で当たり前になっている「リサイクルアスファルト」を提案した。インドネシアでは初となる「リサイクルアスファルト」の開発に取りかかり、完成までに3年を要した。インドネシア第1号のリサイクルアスファルトのプラントが、今年の8月20日に完成する。
  • 経営未来塾で、「菅原工業は地域のために何が出来ますか」ということを常に問われ、「インドネシア事業と地域貢献とのつながり」を考え続けた。今でも気仙沼はちょっと嫌いだが、建設業は特に、地域が良くならないと仕事が入ってこない業界である。今では、会社のために、地域が盛り上がらないといけないと腹落ちし、まちの活性化に自分が出来る範囲で力をかせればと思っている。
グループトーク&質疑応答

ぬま塾 vol.19

3~4人のグループになり、講話の感想を共有しました。
グループ分けは、恒例となりつつある「あめ」を使いました。「誰と一緒になるんだろう」というわくわく感が良いですね。

グループトークの後は、ゲストへ質疑応答のタイムをご用意。今回は2つだけご紹介しますね。
《参加者からの質問》
経営未来塾に入塾して1番変わったことは?
《ゲストの回答》
自分自身。会社のことしか考えていなかったが、「地域」まで視界が広がった。地域が良くなって会社が良くなると思う様になった。

《参加者からの質問》
「人を大切にされている」印象があるが、そのマインドはどう育っていったのか?
《ゲストの回答》
帰郷してきて、自分個人でできるという想いをへし折られた、つまり自分1人では限界を感じた。仲間の大切さは、つくづく思っている。「会社があっての従業員。従業員があっての会社。」とお互いにそう思える会社が1番理想の会社だと思うし、そこを目指している。実際に今年の春は、給料の更新をする際に全員と個人面談をした。

最後に、ゲストから若者へのメッセージ

ぬま塾 vol.19

「できる、できない」の選択肢ではなく、まず「やるか、やらないか」だと思う。やってみて初めて気づくことがたくさんある。動いてみて、何でもチャレンジすると、いろいろと結果がついてくると思う。そして、自分の軸を大切にしてやっていけば、どんどん人が協力してくれるようになる。

参加者のこえ

参加者が、講義の中で「感想」と「印象に残った言葉」をご紹介します。
《感想》

  • 地元が好きじゃなくても仕事が好きで、それを続けることで地域がすきになってくるという、地域に対する想いの変化が印象的でした。
  • 私は土木の仕事1年目ですが、菅原さんの話を聞くまで、この仕事に世界的なビジョンがあるとは思っていなかったです。とてもヤル気が出ました!
  • 自分が変わったことでモノの見方やマインドがかわったという話が印象的でした。

《印象に残った言葉》

  • できるできない、ではなく、やるかやらないか
  • とりあえずやってみる!
  • 新しい挑戦

 
参加者の印象に残った言葉にあるように、最後の渉さんのメッセージ
「“できる、できない”ではなく、“やるか、やらないか”」という言葉が、とても心に残りました。
「できない」と思って立ち止まるのではなく、「やる」と決意して、「どうしたらできるのか」を考えられるように心がけたいと思った、今日この頃です。

次回のぬま塾もお楽しみに!